PRINCESS KNIGHT 第一章

はい、この見切り発車で始めてしまったwこの創作コーナー、いよいよ本編開始でございます。あ、しつこいようですが登場人物はこちら

前回掲載したプロローグはあまりに短すぎたので併せて掲載いたします。


ではでは、本編開始でございます。

〜プロローグ〜

 そこはどこまでも広がる白い雲の上。シミひとつないと思われた純白の世界の一点に突如として暗雲が広がり、雷鳴が響き渡った。

「うぁぁぁっーーーーーーーー!!」

 断末魔の悲鳴と共に地上へと『それ』は落下していった。



「堕ちたか…」

「ええ…あの者は一体どうなるのでしょう?」

「おそらく数百年は地上を彷徨うであろうな…」

ここで別の声が問う。

「ところであの赤ん坊はどうにかならないのでしょうか?」

「無理だ…一度飲ませた魂を取り出すことなど…」

「では、このまま地上に…?」

「仕方なかろう…全ては私の責任だな…」

「そんなっ!」

「…せめてこの子には私が与えうる最大限の加護を与えよう…」

「それでこの子は安寧に生きられるのですか?」

「わからぬ…運命とは自ら切り開いていくものだ。その行方がどうなるかは神たる私でもわからぬ…」

そして、その『神』と称する声の主は力なく地上を見下ろすばかりであった…。



 この日シルバーランド国王夫妻のあいだに一人の赤ん坊が生まれた。これはこの過酷な運命を背負った一人の少女をめぐる魂の物語である。

PRINCESS NIGHT

第一章
  
柔らかな日差しが降り注ぎ、木々はその葉を広げ、花々が咲き誇っている。そこはシルバーランド王家専用の庭園であった。そこに鳥たちの囀りに交じって、わが子を呼ぶ声が響く。
サファイア、どこにいるの?サファイア…」
  声の主はシルバーランド王妃、マルシアであった。気高く、慈愛を持った王妃は国母としてシルバーランド国民からも尊敬の眼差しをもって慕われていた。
「お母様、こちらです」
 すると、広大な庭園の中ほどにある花畑の中から少女の声があがる。立ち上がった少女は両手に摘み取った花々を抱え、嬉しそうに微笑んでいた。その身に纏った美しいドレスとその幼い少女のような屈託のない笑顔の落差に王妃は微笑を浮かべつつ、歩み寄っていく。
「まぁ、サファイア。せっかくのドレスが汚れてしまうわよ」
「あ…ごめんなさい、お母様…」
 バツの悪そうな顔をしながらも、悪戯っぽく笑う仕草に愛おしさを感じながら王妃はわが子、サファイアの手元の花に目をやった。
「花を摘んでいたのね…あら、その花は…」
 ふと、サファイアの右手に携えられた薄桃色の花を認めると、王妃は目を細めた。
「このお花、とってもキレイでしたから。お母様、何か…?」
不思議そうに問うサファイアに対して王妃はゆっくりと語りかける。
「この花はマルメロと言って、とても可愛い実をつけるの。あなたの誕生花なのよ」
「そうなのですか?!知らなかった。」
「あなたが生まれてすぐに植えたのだけど、もうこんなに増えたのね…」
 そう言いながら王妃はサファイアが生まれてからの年月を思った。草花と同じくすくすくと育つわが子の成長は親ならば嬉しくないはずがないが、この子のこれまでの、そしてこれからの人生を思うと、決して心から喜べるものではなかった。
「…お母様?どうなさったの?」
「えっ?…何でもないのよ」
 呼ばれて、初めて自分が思いつめた表情で黙りこくっていたことに気づいた王妃はやや慌てながら応じた。
「そうですか。ところでお母様、このマルメロの花言葉は何ておっしゃるの?」
「ああ、この花の花言葉は『魅力』あとは『誘惑』だったかしらね」
「えぇー、最初の方は良いけど『誘惑』ってなんだかイヤ…」
 不満気な表情をその愛らしい顔に浮かべるサファイアに対して、王妃はゆっくりと応じる。
「ふふっ、それだけあなたには人を惹きつける力があるということじゃないかしら」
「そうでしょうか…?だったら良いかな♪」
 そう言ってまた嬉しげに自身の誕生花を見つめるサファイアを見やりながら王妃は思う。
 そう、本当にこの子は人を惹きつけてやまない魅力に溢れている。王族として、人の上に立つものとしてそれは何よりも重要なことなのだ。
しかし、それならばなぜ神はこの子にこのような過酷な運命を与えたのであろうか…。
 ともすれば、すぐにこのように沈んだ気持ちになってします我が身を奮い立たせるように、王妃は我が子に声をかけた。
「そうだわ、サファイア。あなたその花でブーケを作ったらどう?」
「ブーケですか?でも、私作り方を存じ上げませんわ…」
「もちろん、教えて差し上げますよ。でも、これではまだ花が少しすくないようね…」
「では、私また摘んできます!」
 そう叫ぶと、また花畑へと向かって駆け出していく我が子の後姿を見つめると王妃は思わずにはいられなかった。やはり、ああして嬉しそうに花を摘んでいるあの子は私の娘なのだ。あんな可憐で可愛い姫が他にどこにいるだろう。
 しかし、サファイアが『姫』でいられるのは最早シルバーランドにおいて、この庭園の中だけなのであった。




  シルバーランド王家の離宮は周囲に豊かな緑と美しい湖を備え、日々の公務の合間に静養する王族たちの憩いの場となっていた。その離宮内に設けられた王家専用の庭園へと続く坂道を下りながら、まだ20歳前後と思われるメイド服姿の女が一歩前を歩く男に語りかけていた。
「今日もサファイア『王子』はお妃さまとお過ごしなのですねぇ」
  語りかけられた男の方はというと髪もほとんど白くなっており、顔にもそれまでの彼の人生経験を思わせるような深い皺が刻み込まれている。その男は悠然と応じる。
「仲がお宜しくていいことじゃて」
「でもぉ、王子くらいの年頃の男の子は普通あまり母親と一緒に居たがらないものじゃないですかねぇ?」
  そのメイドの疑問に対しても男はあくまでゆっくりと応じた。
「何、それだけお優しい御子なのじゃよ。サファイア様は…」
「そうだとは思いますが…」
  尚も、疑問の言葉を発しようとするメイドに向かって男は告げる。
「お主もまだ仕事があるであろう。早く戻るぞ」
「はい…あ、侍従長様。ちょっと気になったことがあるのですが…」
「何じゃ?まだ何かあるのか」
  侍従長と呼ばれた男は面倒そうに後ろを振り返りながら問うた。
「先ほど、お妃様のお部屋にお召し物をお持ちした際に見慣れぬドレスがあったのですが、あれはどなたのものなのでしょう?」
  そのメイドの発言にわずかに眉を上げた侍従長は、三度悠然と答えた。
「王妃様のお部屋にあったのだから王妃様のお召し物なのだろう」
「でも、お妃様がお召しになるにはちょっとサイズが小さかったですし、デザインもまるで若い娘が着るようなもので…」
「なら、きっとどこかの貴族の娘にでも下賜されるおつもりなのではないか?」
  今度はメイドの言葉を遮るように侍従長は答えた。
「あぁ、なるほど。あれ…でも確か胸元に王家の紋章らしきものがあったような…」
「お主、勝手に王妃様のお召し物に手を触れたのかっ!!」
それまでの穏やかな口調からは想像できないような剣幕で侍従長はメイドを怒鳴りつけた。
「あの、あまりに美しいドレスでしたのでつい…申し訳ありませんっ」
  そう言うとメイドは慌てて頭を下げた。そこで侍従長も自分が思っていた以上に大声でメイドを怒鳴りつけていたことに気づいた。
「いや、なに…以後気を付ければよい。が…」
  すると侍従長は次に声を一段低くし、射るような視線でメイドを見つめるとこう言った。
「お主も長く王宮に仕えたいと思うなら、いらぬ詮索はせぬことだ。…よいな」
「は、はい…」
  この時メイドは先ほど怒鳴られた時以上に、背中に冷たいものが流れる感覚を味わっていた。
「…ほれ、ワシのことは良いから先に仕事に戻りなさい」
  既に普段の口調に戻った侍従長はメイドにやんわりと命じた。
「はい、失礼いたします!!」
  そう応じるとメイドは逃げるようにしてその場から去っていった。
  侍従長は足早に去るメイドの後姿をみやりながら自嘲するようにつぶやいた。
「やれやれ、あの程度のことで取り乱すとはワシも老いたかの…」
  そう言うと侍従長は丘の上、王家の庭園のある方向を見上げながら一人思うのであった。
(お辛いのは何よりも王妃様、そしてサファイア様ご自身であろうな…)
この侍従長もまたシルバーランド王家の抱える重大な『秘密』を知る数少ない人物の一人なのであった。